第3話 黒ネコ視点

 お気に入りのお散歩コースを散策中のコトだった。

 周りの景色が歪んだかと思うと、この場所に転移していた。


 ここは、銀浪洞ぎんろうどう神社。

 小さい頃に捨てられたボクが、たどり着いた場所。

 以来、ボクはこの場所で育ち、三十年以上生きている。


 ある日、この神社に祀られているアイツから、異世界へ渡る力などを与えられた。

 異世界へ渡り、見たコト、聞いたコト、起きたコト、体験したコトを、この世界のニンゲンに伝えるように言われている。

 その目的、理由は不明。


 それは……、問題ない。

 お散歩コースが、かなり増えただけだと思えば……。

 なんとか。


 ただ、神(?)との繋がりを持ったコトによって、コトあるごとに呼び出され、または強制召喚される。


 いや、真っ当な用事なら、これも問題ない。

 猫の手も借りたいほど忙しい、というなら仕方がない。

 もっとも真っ当なと思われる用事は、数年に一つか二つくらい。

 そして、忙しいどころか、アイツは常にヒマをもて余している。


 だからといって、たびたび気まぐれに召喚するのは、やめてほしい。

 正直、迷惑している。


 アイツは『あなたこそ、全ての世界で最も自由なネコです』なんて言っていた。

 これのどこが最も自由なのか、自由とはなにか、色々説明を求めたい。


 いったい、今日は、なんの用だろう?

 たぶん、ろくでもない理由にちがいない。


「ひ、ひゃあああ!」


 目の前でニンゲンの女性が、ボクの出現に悲鳴を上げるほど驚いている。


 ボクは状況把握のため、長方形の石の上にちょこんと座って、目の前に立つ女性の様子をうかがっていた。


(向こうに男性の姿が見えるね。ふたりは、カップルかな?)


「あ、でも、なんか、このコかわいい」


 女性は、そう言ってボクに近づいて手を伸ばしてきた。


(ええと、やはりよく分からないな。とりあえず、女性に害意は無さそうだ)


 一応、それらしく彼女を見ながらニィとないておいた。


(なんだかよく分からないケド、なり行きに任せてみるか)


 女性は、ボクを抱っこして、もふもふし始めた。


(う、ちょっとキモチいいかも。目を閉じると、ころころ喉が鳴るよ)


「かわいいなぁ。オマエ、この神社に住んでるのか?」


 男性が、こちらに近づいて来てそう言った。


(イヤ、住んでいたのは昔の話です。今日は、ここのアホに無理やり召喚されました)


「首輪もしてないし、多分、捨てネコだよ」


「ひどいヤツがいるんだな。っても、俺のウチでは飼えないけどな」


「アタシのウチもムリ。妹が、アレルギーだし」


(あ、あのね、飼い猫になるつもりはないから。飼い猫が幸せとは限らないからね。だから、そんな切ない顔しないで)


 男性の方に視線を向けると、彼が祠に近づいて行くのが見えた。

 そして、十字を切り祠の前で手を組んで、


「黒猫に飼い主が、現れますように!」


 とお祈りを始めた。


(それ、宗教違うよね?)


 それを見ていた女性は、微笑んでいた。

 そしてボクを抱っこしたまま、男性の隣に立って言った。


「ユウジ、ちがうよ。二礼二拍手一礼だって」


(うん、ボクもそう思ったよ)


「う? なんだそれ?」


 ……。


 女性は、ボクをユウジと呼ばれた男性に預けてから「見てて」と言って、正しい参拝方法でお祈りした。


 なぜか、イヤな予感がする。


(ちょっと、待って。気持ちはとっても嬉しいケド、真面目にお祈りしないでっ! アイツ、絶対、アホなこと思いつくからっ!)


 すると、コロロロとなにかが転がるような音がした。

 その音がしたところに視線を向けると、お賽銭箱の下に枡のようなモノが取り付けられている。

 その枡のようなモノの底に、五円玉が入っているのが見えた。


(あ~あ……)


 ふたりは、顔を見合わせていた。

 ボクは、目を閉じた。


「は? 釣り銭出てきた?」


 男性が、お賽銭箱の下から転がり出た五円玉を見て、目を丸くしている。


(アホかっ! そんなワケあるかっ)


 女性の方は、激しく動揺しているようだ。


 すこしだけ状況が掴めてきた。

 コレはアレだ。

 アイツの娯楽に付き合わされたんだ。

 多分、ボクを召喚したのも女性を驚かせるためだろう。


(まったく、くだらないことに神の力とやらを無駄遣いするね)


 ボクは男性の腕から跳び降りた。とてとて歩いて、長方形の石の上にひょいと跳び乗ると、そこでまあるくなった。


(ホント、付き合ってられないよ)


 動揺している女性をよそに、男性はおみくじコーナーの方を見ている。


「お? おみくじ。やってみね?」


(やめた方がいいよ)


 賽銭箱の側に、おみくじコーナーがあり、六角形をした金属の筒が三つほど並んでいる。

 「おみくじ一回百円」と書かれた立札が立っていた。


 女性は、なにやら、きょろきょろしている。

 きっと、お金を入れる箱を探しているのだろう。


「……百円払うのドコ?」


「賽銭箱で、いいんじゃね?」


 男性が祠の前の賽銭箱に百円玉を投げ入れると、チャリンと百円玉が賽銭箱の底に落ちる音がした。


 ………。


 ………。


 ふたりが、賽銭箱の下を固唾を飲んで見守っている。


(いや、なにも出ないからね?)


 なにも出てこないコトを確認した男性は、六角形の金属の筒を振っている。

 金属の筒のなかから、細長く平べったいモノが出てきた。


「のおぉぉ、ひでぇ!」


 そして天を仰ぎ、頭をかかえて悶えていた。

 大凶を引いたのだろう。


(だから、やめとけばよかったのに)


 そんなボクのココロの呟きが、彼に届くコトはなかった。


「納得出来ん。もう、一回!」


 さらに百円玉を賽銭箱に投げ入れて、おみくじを引いた。


「なっ!? また、大凶? ありえなくね?」


 熱くなった男性は百円を払わずに、おみくじの筒をがしゃがしゃとシェイクしている。


「はぁ? このおみくじオカシイって。大凶しかなくね?」


(まぁ、そうだろうね)


 そして男性はムキになって、もうお金も払わずおみくじを引きまくった。

 何度引いても、大凶だったようだ。


(アイツの狂喜する姿が、目に浮かぶよ)


 とうとう、男性は完全にぶちギレて、六角形をした金属の筒を地面に叩きつけていた。


(キミは、アレだね。ここに祀られているモノに愛されてるね。きっと今頃、アイツは奇声を上げて高笑いしているコトだろう)


「ああ、もう、行こうぜ」


 男性は、不愉快そうな顔でそう言った。


 女性は、とても冷めた目で男性の様子を眺めていた。


(もう、十分でしょ。アイツも、満足したんじゃないかな)


 ボクは、女性の足下に近づいて行き、ニィとないた。

 そして、とてとて歩き出した。

 すこし離れたところで立ち止まり、ふたりに振り返って、またニィとなく。


「こっちだよ、っていうことかな?」


(うん、ついてきてね)


 ふたりがボクの後ろからついてくるのを確認しながら、アスファルトで舗装された道路まで案内した。


「道案内ありがと。またね」


 女性は、しゃがんでボクの頭を撫でてから、小さく手を振った。


(お疲れさま。もう二度と、来ちゃ駄目だよ)


 ボクは、ふたりが小さくなるまで見送ると、彼らとは反対の方向へ駆け出した。


「ボクも、もう、お散歩に行かなきゃ」

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大凶神社 わら けんたろう @waraken

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