第39話 大都会の陰影
「ユーキ殿! 遠路はるばるよく来てくれたな!」
「「「だ、第二王子が直々にお迎えッ!?」」」
ダイトラス王国の城門にて簡単な入国手続きをしていると、数名の騎士を引き連れたエデンダルト王子が颯爽と現れた。
俺たちと同じように手続きをしていた馬車の乗客が、あからさまに驚いた顔をしている。
ひと悶着の後、ずっとこちらを気にしていた風のスキンヘッドとモヒカンも、王子の登場によって『あの銀紋章、マジもんだったのかよ……!』『つ、次の査定に響くんじゃ……』などと戦々恐々として顔を引きつらせていた。はん、ざまみろっつーの。
「ふふ、あの二人の顔見ました? あースッキリ!」
「こらこら、そういうのは表で言うもんじゃないよ」
「えー、先生も『ざまあ』って顔してますもん」
「してませーん」
まともな大人は他人の不幸やみじめを笑ったりはしないものなのですわよ、オホホ。
「ヒロカ殿に……おぉ、シーシャ殿まで来てくれたのか。おっと、これでは手配しておいた宿の部屋が足りぬな。今使いの者に――」
「王子、大丈夫。わたしはただの観光。気にしなくていい」
シーシャは無表情のまま王子に断りを入れると、ひょいっと荷物を持って街の中へと歩き出した。今回、シーシャと一緒なのはここ王都まで。アマル・ア・マギカへの特使団へは、俺とヒロカちゃんのみが参加となる。
「シーシャ、帰りは一緒に帰るよな?」
「ん。そうしたい」
「おし、じゃあ泊まる宿だけ教えといてくれな。こっちの予定がわかったら伝えるから」
「ありがと」
軽く言葉を交わして手を振り、シーシャとはそこで別れた。
きっと久しぶりの観光だろうから、思いっきり楽しんでくれるといいな。また会ったときには土産話の一つや二つ、披露し合うとしよう。
「相変わらず、シーシャ殿は自分のペースを崩さぬ人だな」
「ええ。あれがシーシャの良いところです」
「では我々も行こう。城の近くに二人の宿を取ってあるから、そこまでご案内しよう」
「「はーい!」」
エデンダルトを先頭に、俺とヒロカちゃんは王都ダイトラスの目抜き通りを歩き出す。
通りの両側にはこれでもかと石造、木造の高い建物が立ち並び、その周囲をたくさんの人々が行き交っている。この熱気と賑わいは、アルネストにはないものだった。
「すごい……。まさに中世の大都市って感じですね」
「だね。俺もアルネストに居付く前に何度かこの規模の都市には入ったことがあったけど、改めて見ると迫力があるね」
それらはまさにファンタジー世界と言った風情で、日本人では絶対に見慣れない街並みであり、圧倒される景色そのものだった。
「あと……やっぱり都会だから、魔元素の甘い香りがほとんどしませんね」
「よく覚えてたね。さすがヒロカちゃん」
「えへへ」
そう、魔元素は世界樹に近い辺境、自然豊かな農村部ほど濃い。ここは人口も多く大都会であるため、香しいほどの魔元素臭はないのだった。
「今日はもう遅い。荷物を預けたら夕食を済ませて、明日に備えてゆっくり休んでくれたまえ。もし入用なら、こちらでディナーの手配も可能だがいかがする?」
「あー、そこまでしてもらうのは悪いんで、テキトーなお店で済ませますよ」
「そうか」
至れり尽くせり過ぎると恐縮してしまうので、エデンダルト王子からのありがたすぎる提案は断った。
ちょっとしゅんとしている横顔に、やはり若干の申し訳なさを感じた。
◇◇◇
「確かに冷静に考えると、なんで火の玉とか水の玉が、使用者の意図した方へ飛んでいくのかわかりませんもんね。あと前も聞きましたけど、その魔法の玉、いったいどこまで消えずに飛んでいくのかって思いますよね」
「そうそう。その疑問をヒロカちゃんが素直に話してくれたおかげで、今回の課題に出会えたんだ」
王都に入った初日の晩ご飯、俺とヒロカちゃんはテキトーに見つけた店で食事をしながら、魔法の効果範囲(と射程)に関する話をしていた。
正直まだまだ理論と呼べるようなものは構築し切れていないのだが、こうして人に話すことでもどんどん言語化が成されていく実感が湧く。
ヒロカちゃんは相槌が上手いし、話の文脈を読んで先を見越して話してくれる理解力もあるので、そのおかげもあるだろう。
「これも仮説だけど、魔法はスキルとかギフト以上にイマジネーションが重要だ。だからその前段階――効果範囲や射程を決めるという具体的行為――は、そこまで意識して行われてこなかったんじゃないかと思うんだよね。現象それ自体をイメージする方に脳のリソースが割かれてきた、というか」
「だから先生は、そこをできるだけ言語化しようとしてるんですね。効果範囲、射程決定の手順を明確化して、その際の魔力の流れや行使の方法を指導できる形にできないか試行錯誤をしている」
「その通り。さすがヒロカちゃん、理解力がハンパじゃない」
「い、いやー、褒めても何も出ませんよ? でももっと褒めてもいいんですよ、えへへ」
照れた様子で可愛らしく笑うヒロカちゃん。まったく、俺の教え子は本当にカワイイな。この笑みを見ていると、自分も自然と頑張ろうと思えてくるから不思議だ。
「さて、結構話し込んじゃったね。そろそろ宿に戻ろうか」
「はい!」
明日は特使団として王に謁見した後、朝早くからアマル・ア・マギカを目指して出立する。できる限り早く床に就きたいところだった。
「先生、ごちそうさまでしたっ!」
「いやいや、俺が出すの当たり前でしょ」
「いえ、もう私自分で稼げてるんだし当たり前じゃないです! ありがとうございました!」
この歳で支払いの後、こうしてきちんとお礼を言うんだから、ヒロカちゃんも立派なもんだ。なにも言われないよりはお礼を言ってもらえる方が払う側も嬉しいしね。
「…………ん?」
と、店から少し歩いたタイミングで。
後ろに気配を感じた。
「せーんせっ」
「んな、ちょ、近いよヒロカちゃん!?」
と、そこで急にヒロカちゃんが腕に絡みつくように身を寄せてきた。
「……先生、後ろから四、五人ぐらいが尾けてきています」
「ヒロカちゃんも気付いてたか」
さすがギフト『空気を読む』。すでにヒロカちゃんは人数にも目星をつけていた。誰にも聞こえないよう、小声で言葉を交わす。
「どうしましょう? ギフトで確認する限りだと、強者の気配もギフト持ちの魔力反応もないです。人数的にも一捻りかなぁって思いますが」
「……ヒロカちゃん、かっこよ」
身を寄せたまま耳元で、ヒロカちゃんはそう言ってのけた。
うむ、我が教え子ながらスゴ過ぎる。
「いや、ちょうどいい機会だし、ちょっと試してみたいことがあるんだ。ヒロカちゃんは俺の側から離れないように」
「はいっ! ……ふふ、先生カッコイイ!」
「よし、じゃあちょっと路地に誘い込む」
言って、俺はすぐの曲がり角へ入る。ちょうど良くその先は行き止まりになっており、奥まで行って俺は振り返った。
視線の先にいたのは――馬車で出会った、スキンヘッドとモヒカン、そしてその取巻きらしき三名だった。
ふむ、五人か。それにしても懲りない連中だな。
「気づいてやがったか……さすが銀紋章ってところか」
「お前らよぉ、本当に王族に認められた《準勇者》様だったんなら……ちゃんと言ってくれねェとわかんねぇじゃんかよぉ?」
なんという言い分だろうか。いや、まあはじめから話が通じる相手だとは思っていなかったけども。
「勝手にこっち見下して絡んできたのはそっちだろ」
「だからぁぁ、おめぇらみたいなチンチクリンがすげー奴らだなんて思うわけネェだろぉぉ! オレらの次回の冒険者査定とか下がったらよぉ、オメぇらのせいだぞ!?」
わけのわからん論理で、さらにのたまうスキンとモヒカン。
こういう連中は本当、なんで対話というものができないのか。たぶん『自分は絶対正しい』という位置からしか物事を見れないからなのだろう。
はぁ……クソ上司を思い出させられ、つくづく腹が立つ。
「わかった。相手になる。その代わり――どうなっても知らんぞ」
俺は一歩前に出て、ヒロカちゃんを背に隠すようにした。
「ホント、いい度胸してるぜ……オメェら、遠慮すんな! やっちまうぞオラァァァァ!!」
スキンヘッドの叫びを合図に、全員が得物を振り上げてこちらに突進してきた。うん、魔力の運用、スキルの使い方、全て雑だな。
俺はいたって平常心のまま、体内で魔力を練り上げていく。ここは辺境のアルネストと違い、都会で人も多いためやはり魔元素が薄い。が、俺の魔力変換速度と運用効率を持ってすれば余裕で足りる。
よし、いっちょやってみるか――俺は今日まで考え練習を重ねてきた、《
魔法一発放てるぐらいの魔力を練り上げて、視界にいる全員へ睨みを利かせるイメージで、魔力を瞬時に発散し――ぶつける。
「あ、が……!?」「へぁ……?」「……ぅ!」
「な、なんだどうしたんだオメェら!? そんな急に腰砕けで――」
「お前も寝てろ」
「がぁぁ!?」
同じように、スキンヘッドへ向けて眼光――言うなれば魔力を宿した視線――を飛ばす。
よし、どうやら成功したみたいだ。
「せ、先生……今のって、いったい……?」
「ごめんヒロカちゃん、理論はあとで説明するね。今はコイツらを一人残らず捕まえることが先決だ」
「な、なぁ、なんなんだよお前はぁぁ!?」
最後に一人残り、泣き喚くモヒカン頭の男。心なし、モヒカンもヘタってしまって元気がない。
はい、御愁傷様です。
「だから俺は、しがない辺境のチュートリアラーだっつーの」
いつもの受け答えを返した後、俺はモヒカン頭と目を合わせて言った。
「はい、おやすみ。悪い夢でも見るんだな」
「ぁ……がはっ…………」
そうして、俺たちを追ってきた全員。
無事にお縄につきましたとさ。
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