第27話 第3のギフト

☆★☆★ 発売1週間前!! ☆★☆★


『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』が、4月25日発売です。

役立たずと言われた第七王子のギフト【料理】は、実はチートスキルだった!?

まだ原始文明の獣人王国を、一流国家にするため、ちいさな料理番が活躍します。

成り上がりあり、モフモフあり、おいしい料理ありのお話のなので、是非よろしくお願いします。


※近況ノートに書影がございます。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



「姫様……」


 ノックが聞こえると、女中が部屋の中に入ってきた。

 どうやら皇妃陛下の側仕えらしい。

 やや僕たちを気にするような素振りを見せる。

 その反応にいち早く気づいたのは、セオルド陛下だった。


「患者か……」


 患者? 何の患者だろう。


「今日は客がいる。お帰り――――」

「いいえ、セオルド。私、やるわ」

「お前はさっきまで病人だったのだぞ」

「大丈夫。もうすっかり元気だから。心配しないで、セオルド」


 2人は半ば喧嘩になりかけるけど、最後はクラリスお姉様が陛下を言い含めてしまった。


「ルヴィン、あなたもいらっしゃい」


 言われるまま、僕たちはクラリスお姉様についていく。

 やってきたのは、皇宮の中にある医務室だった。

 魔草が入った瓶や、薬の匂いがする。

 そこにいたのは、僕ぐらいの小さな子どもだった。

 胸を掻きむしり、苦しそうにしている。

 息は小さく、今にも事切れそうだった。


 子どもの側にいたのは、若い貴族の夫婦だ。


「クラリス様、どうか息子をお助けください」

「もう昨日から水すら飲めず。ああ……。なんと可哀想な坊や」


 すでに事情を聞いていた女中さん曰く、2、3日前から苦しみだしたらしい。

 夫婦はあっちこっちの病院を回ったそうだけど、どの医者も病状すら特定できず、匙を投げてしまったそうだ。

 所謂、不治の病……。僕もこんな症状を見たことがない。


 僕の得意の【料理レシピ】も、完治不可能と早々に結論を出していた。

 どうやら体内の魔力の流れが悪くなっているらしい。

 まだ魔力の制御ができない子どもにはよくあるようだ。

 しかし、それを知ったところで僕にはどうしようもない。


 そんな絶望を前にして、クラリスお姉様は一歩も退かなかった。


「偉いわね。ここまでよく頑張ったわ。もう少しの辛抱よ」


 子どもの額を撫でる。

 虫の息だった子どもの表情が安らいだ。

 同時に、クラリスお姉様を中心として、良い香りがしてくる。

 切迫した状況の中、とても安心できるような気持ちになってきた。


「ルヴィン、言ってなかったと思うけど、私にもギルドがあります」


 そうだ。クラリスお姉様は今や帝国の皇妃だけど、元はセリディアの血筋を引く第1王女。僕やカイン兄様のようにギフトを持っていても、なんらおかしいことじゃない。


「私のギフトは3つ。1つはあなたも体験した【香気フレグランス】。人を香りでつつみ、癒し、安心感を覚えさせるギフト。もう1つは【小さな手リトルハンズ】。見えない小さな手を動かし、物体を掴んだり、移動させたりするの」


 そう言って姉様は手を使わずにヽヽヽヽヽヽ濡れた布巾を絞り、子どもの額にのせる。


「この2つは便利だけど、私のギフトの真骨頂は3つ目のギフト――【祈癒エレイオス】……」

「エレイオス?」

「この力は説明するより、見てもらう方が早いわね」


 クラリスお姉様は手を掲げる。

 直後、手の先から何か光の筋のようなものが現れた。

 それはゆっくりと、まるで噴火したマグマのように流れ、子どもの身体を包んでいく。


 荘厳な光に、僕もアリアも、子どもの夫婦たちも息を呑む。

 その横で少し心配そうに見つめていたのはセオルド陛下とフィオナだ。


 なんだろう、あの光?

 魔力? いや、違う。まるでクラリスお姉様の生命力そのもののような……。


 しばらく光に包まれていた子どもに変化が起こる。

 真っ青だった顔に、赤みが差し始めたんだ。

 小刻みだった息も、ゆっくりと穏やかなものになっていく。

 やがて子どもは目を覚ました。


「ぱ、ぱぱ…………。まま…………?」


 自分の親の顔を見て、子どもは安心したように手を伸ばす。

 ヒシッと手を取ると、夫婦は泣きながら絶叫する。

 歓喜の声を上げて、何度もクラリスお姉様に対する感謝の言葉を告げていた。


「良かった……。間に合って……」


 クラリスお姉様の体勢が崩れる。

 子どもの顔が赤みを差した一方、逆に姉様の顔色が悪くなっていた。

 足をすべらせると、頭が床に向かって落ちていく。

 寸前で受け止めたのは、セオルド陛下だった。

 こうなることを予見していた動きに、僕には見えた。


「まったく……。言ったであろう。病み上がりなのだから無理はするな、と。先ほどもいったが、ついさっきまでお前は病人だったのだぞ」

「ごめんなさい、セオルド」

「謝るぐらいなら、あまり無理をするな」


 心底心配そうにセオルド陛下はクラリスお姉様を見つめる。

 こんな陛下を見たのは初めてだ。

 あまり言葉や態度には出さないけど、セオルド陛下はちゃんとクラリスお姉様を慕ってくれているらしい。


 対する果報者のお姉様は、幸せそうに微笑んでいた。


「クラリスお姉様、大丈夫ですか?」

「ええ。しばらく休めば大丈夫よ。それよりも見てくれたかしら、私のギフト」

「はい」


 僕はギフトでお姉様の【祈癒】の解説を見ていた。



 ──────────────────────────────────

  ギフト【祈癒エレイオス

   対象の傷や病を回復させる奇跡のような力。だが発動するには自分の命を削るような激痛と消耗を伴い、使えば使うほど命を縮めてしまう。

 ──────────────────────────────────



 おそらく僕の【万能ぷらいむ】に匹敵するレアギフト。

 お父様がクラリスお姉様を外に出したがらなかった理由は、このギフトにあるのかもしれない。


 でも、説明にあるとおり、このギフトの弱点は明確だ。

 何度も使えば、クラリスお姉様の身体が危うくなる。

 まさに諸刃のギフトだ。


 クラリスお姉様は、そのまま医務官に運ばれていった。

 ここは医務室だけど、皇族用の部屋が別にあるらしい。

 そのクラリスお姉様に、貴族と助かった子どもは何度も頭を下げていた。


「セオルド陛下。お姉様はずっと……」

「ああ。今回は貴族だったが、平民、奴隷分け隔てなく、医者が匙を投げた患者を治している。おそらくセリディア王国にいた時からやっていたのだろう。我がやめろと言っても、まったく聞く耳を持たぬ。強情なところだけは父親譲り、いやそれ以上だ」

「陛下。クラリスお姉様は……」

「大丈夫だ、ルヴィン」

「え?」

「絶対に死なせはしない。本当に危ない時、この腕を切り取ってでも止めるつもりだ」

「ありがとうございます。……それと渡しそびれてしまったのですが、クラリスお姉様が目覚めたらお渡しください」

「何が入っているのだ、これは?」

「身体にも、病気にも効く――――」



 万能の秘薬です。



 ◆◇◆◇◆



 クラリス・ルト・セリディア=ヴァルガルドが目覚めたのは、ルヴィンたちが帰路について3日後のことだった。


 クラリスのギフト【祈癒エレイオス】は己の生命力を他者に与えるという、非常に希有なギフトだった。そのため、【料理レシピ】の指摘通り身体に対する負荷が強く、1度使うとしばらく寝込んでしまう。ある時などは、数週間目を覚まさない時もあった。


 これは余談だが、こうしたクラリスの活動はセオルドに対する貴族や平民たちの強い支持の理由となっていた。特にクラリスはセリディア王国の王女。当初は敵国の王女として迎え入れられるも、この活動によって「国母」と称されるほどの人気を勝ち得ていた。


 クラリスは起き上がると、ベッドのサイドテーブルに手紙と見慣れぬ包みが置かれていた。


「ルヴィンからだわ」


 クラリスは早速目を通す。

 そこにはクラリスの体調を心配する旨と、エストリア王国に帰らなければならない理由が書かれていた。


「そう。ルヴィンは帰ったのね。残念。……あの子の料理。食べたかったわ」


 次に目を移したのは、包みだ。

 開くと、皿の中に白い固形物のようなものが入っている。

 改めてルヴィンの手紙に目を通すと、何でも牛乳を発酵させたものらしい。

 身体に良く、クラリスがかかっていた病気の予防にもなるそうだ。


「そのままでもおいしいですが、砂糖を入れてもおいしいです――か」


 うーん……。思わず眉間に皺を寄せる。

 発酵とはよく言ったものだが、要は牛乳を腐らせたものだ。

 ルヴィンが言うのだから、食べられないということはないだろうが、さすがに気が引ける。


 それでも、可愛い弟が残していったものだ。

 姉として手をつけないわけにはいかなかった。


「砂糖を多めに入れましょ」


 ティースプーンでたっぷり3杯入れ、かき混ぜる。

 一瞬躊躇したあと、ままよとばかりに口の中に入れた。


「ううううううううううんんんんんんんんん!!」


 おいしい。

 ちょっと酸っぱいが、逆にそれが爽やかに口の中に広がるのがいい。

 少し砂糖を入れすぎたかもしれないが、クラリスにはちょうど良い塩梅だった。


 不思議なのは、牛乳を腐らせたものが何故こんなにも美味しいのか、ということだ。まさに料理の深奥を見た気分だった。


「はあ……。おいしかった」


 皿にてんこ盛りに入っていたのだが、クラリスはペロリと平らげてしまう。

 かなり長い間寝ていたおかげで、お腹が空いていたのだろう。


「またお腹が空いてきたわ。早速――――って、この食材の名前なんだったかしら? えっと……。ヨー……グルト…………? ふーん」



 おかしな名前ね。



 その後、ヨーグルトは爆発的に帝都で流行ったという。

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