『稀人』とよばれる、異世界からやってくる存在。まるでおとぎ話を抜け出してきたかのような彼らは、この現代世界のどこかでひっそりと静かに暮らしている。
女子高生・茅の幼馴染である秋津もまた、そんな『稀人』を父にもつ『オーク』の青年であった。
しかしファンタジー小説に出てくる『オーク』と秋津はまるで正反対。鬼のようないかつい外見ながらも礼儀正しく物静かで、なんと本を読む姿もサマになる知的な男の子だった。最近では同級生の女子からの信頼も厚く、なにやら『紳士オーク』などと呼ばれてちょっと人気者になりつつあるらしい。
誰よりも彼のことを知っていると思っている茅は、そんな浮ついた噂を聞いてちょっとモヤモヤ。
この気持ちは何?
私は彼のことをどう思っている?
そして彼は、私のことを……?
むずかしい気持ちを抱えたまま、茅と秋津は自分たち文化部員たちの花形イベントである文化祭を迎えることに……。
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誰もが経験する甘酸っぱくて切ない青春に、少しだけ『異世界』という不思議なスパイスをふりかけた素敵な物語です。
1話は短く、主人公『茅』ちゃんの語りも自然体でスイスイ読め、あっという間に読了できる長さです。
何より嬉しいのは、作者さまの完結作『稀人オークと三十路の乙女』の続編であること!前作ファンにとってはたまらない内容です。主人公を張った二人が懐かしい調子のまま、けれどしっかりと年月を感じさせてくれる登場を見せてくれた時には思わずじーんとなってしまいました。
そんなわけでぜひ完結作を読んでから…とおススメしたいところですが、この作品単体でも十分に読めます。この時代の若者たちの話を読み、その親世代の話である前作を読むのもまた一興ですので、どちらから入るのでも全然問題ありません。
茅ちゃんは言いたいことは大体言ってしまう気持ちの良い性格で、秋津くんは素直ながらも大事なことは一旦胸に秘めておく賢者。この対比だからこそうまくいってきた二人ですが、やはりそこは思春期。まわりの噂や人の目に惑わされ、あれやこれやと悩んだり心配したり、すれ違ったり。それでも彼らは彼らで全力で考え、お互いが一番幸せになる道を探そうとしています。
オークという特殊な存在をキーにしているのも物語の深いポイントです。茅ちゃんや秋津くんの純粋な若い目を通して、誰もが悪意なく持ってしまっている偏見や固執した考え、人の残酷な部分に読者もまた気付くことになります。そうだ、そう言われてみれば……と思うところはひとつやふたつじゃないはず。反省です。
彼らが振り回されている感情はきっと、大人になって振り返った時に「恋」だの「愛」だのと言えるものかもしれません。が、今の一瞬を全力で生きているふたりの色とりどりの気持ちには、そんな名称など無用なもの。ただただ季節とともに、ふたりで一緒に進んでいく時間だけが尊いものなのです。
作者さんの筆力がぎゅっと詰まった、静かながらも熱い「」の物語。
読み終わった方にそれぞれ、括弧に入る感情にぜひ名前をつけてほしいと思います。
オークと人間の混血の男子高校生。その幼馴染である主人公の女子高校生。そんな二人のお話です。
作者様の優しい視点から紡ぎ出される、思春期の少年少女が持つ心情の描写が素晴らしく、淡い恋心や若さの清々しさ、モヤモヤを抱え揺れ動く心の機微が、繊細に瑞々しく綴られています。
等身大のキャラクターたちは皆まっすぐで、その少し不器用な懸命さに、ときに心がキュッとなり、もどかしく、なんとも甘酸っぱく、読後は爽やか。思春期らしい葛藤を抱え、悩みながら成長する姿が眩しい。
キラキラとしたかけがえのない青春のひとときを見届けられる、宝物のような物語です。
異世界からやってきた稀人オークの息子である秋津。彼と幼なじみの女子高生、茅。ふたりの恋のはじまりの物語です。とても仲良しのふたりですが、これまでは恋愛対象としての意識はなし。だけど最近秋津が女の子から人気が出だしたりして、茅はいろんなモヤモヤを抱え始めるけど……。
この『モヤモヤ』の描かれ方がとっても心地良い。少しずつ変化していく感情が、緊張感を孕ませながらも丁寧に綴られています。
茅という子はとにもかくにも応援したくなるような素敵な人柄のお嬢さんです。感情移入できるキャラクターというのは重要な要素だなと、改めて感じさせられた作品でした。毎日の更新が楽しみだったので終わってしまうのが寂しかったな。
もし叶うなら、彼らの成長やもうすこしだけ進んだ恋模様を覗いてみたいものです。うふふ。