25.リザードマン捕縛

 今日もリザードマンたちはハシゴを登ってきた。

 しかし冬の寒さのせいで、変温動物の彼らの動きは鈍い。相変わらずマケランたちには余裕があった。


 それでも危機感を共有した兵士たちに、気のゆるみはまったく見られない。


装填そうてんができた者から、順次矢を放っていけ!」

「「はい!!」」


 彼女たちはマケランの指示に従い、容赦なくクロスボウで迎撃する。地面にはリザードマンの死体が積み上がっていった。


(気が滅入るな……。敵の指揮官は血も涙もないのか)


 マケランは無駄に死んでいくリザードマンたちに対して、同情を禁じ得なかった。ドラゴンに似ているせいで差別されているとしても、命まで軽く扱われるのはひどい。


(こんな戦い方をずっと強要されていれば、温厚なリザードマンたちも反抗しようとするんじゃないだろうか?)


 そう考えたマケランは、計略を仕掛けることにした。


「リザードマンを何人か捕縛したい。できるか?」


 陣頭指揮をとっていたグラディスに問いかけると、


「はい、3匹ほどでいいですか?」


 彼女はなんでもないことのように答えた。


「それでいい」

「わかりました」


 グラディスは胸壁から身を乗り出してハシゴの先頭にいるリザードマンを指差し、兵士たちに指示を与えた。


「あのトカゲに対しては、いったん攻撃を控えろ。奴が近づいてきたらあたしが武器を取り上げる。おまえらはその後にロープで縛り上げるんだ」

「「はい!」」


 兵士たちが攻撃を控えたため、グラディスの指定したリザードマンは、無傷のまま城壁の最上部まで登ってきた。


「あれ? なぜかスルスルと登って来れちゃったトカ?」


 リザードマンは不思議そうな顔で胸壁に手をかけた。

 グラディスはその手をつかんで強引に引っぱり上げ、体ごと歩廊に投げ捨てた。そして素早く寝技に持ち込み、ひじ関節をきめる。


「あいたたたた! 暴力はよくないトカ!」


 リザードマンは痛みにあえぐ。その間にグラディスはさっと剣を取り上げる。すかさず兵士たちがとびかかって縛り上げた。


「あーっ、何をするトカ! やめろトカ!」

「よーし、1匹目確保! 次ィ!」


 こうしてグラディスの手腕により、あっさりと3人のリザードマンを捕らえた。




 例によって、日が落ちると敵は引き揚げていった。

 マケランは捕らえたリザードマンたちを兵舎内の一室に移動させた。


 3人の捕虜は後ろ手に縛られたまま、部屋の中央の床の上に座らせられた。その周囲を、武装した30人の兵士たちが取り囲む。


「こ、こんなところに連れて来て、オヌシらは何をするつもりトカ?」

「くっ、殺すなら殺さないでほしいカゲ」

「オイラたちはおいしくないゲト」


 彼らの外見は、まさに人型のトカゲである。

 だがトカゲに比べると、表情は豊かだ。恐怖で顔を引きつらせ、ガクガクと小刻みに体を震わせているその姿を見ると、守ってやりたい気になる。


「俺はこの城で防衛戦を指揮しているマケランだ。君たちに危害を加えるつもりはないから安心してくれ」


 3人をおびえさせないよう、微笑みながら声をかけた。「まずは君たちの名前を聞かせくれるか?」


 リザードマンたちはためらいながらも、順番に名乗っていった。


「小生の名前はフィリップであるトカ」

「吾輩はジェレミーだカゲ」

「オイラはトテチテタというゲト」


(リザードマンなんてみんな同じだと思っていたが、並べてみると3人とも個性があるな)


 彼らも人間や他の亜人種と変わらない、感情を持った生き物なのだ。


「俺は君たちに同情している。あのままハシゴ登りを続けても無駄死にするだけだ。共和国軍の司令官は残酷だと思う」


 マケランの言葉に、3人はしっぽを大きく振って同意した。


「その通りだトカ! アドリアン司令官は人でなしトカ!」

「吾輩は平和主義者だから、戦うなんてイヤなのだカゲ」

「オイラは冬眠中だったのに、無理矢理起こされて軍に入れられたんだゲト」


(思ったとおり、彼らは戦意も忠誠心も低いようだ)


「俺はこんなくだらない戦いを、1日も早く終わらせたいと思っている。そのために協力してほしい」

「何をすればいいのカゲ?」

「まず、君たちの知っていることを教えてくれ」


 マケランは言葉巧みに、3人から情報を引き出していった。


 彼らによれば、共和国軍の司令官は人間のアドリアンで、ウェアウルフ族の指揮官はガルズという者が務めている。

 兵士の数は人間が6000人、ウェアウルフ族が2000人、リザードマン族が2000人だ。ただしリザードマンはその内の半数近くがすでに戦死している。


 ルイという名の魔法使いがいて、いつも偉そうにふんぞり返っている。

 他にドワーフが100人ほどいるはずだが、彼らは戦闘には参加しておらず、何をしているかは知らないとのことだ。


(ドワーフが坑道掘りをしていることを知らされていないのか。やはりリザードマンは信用されていないようだ)


「君たちは意味もなく死ぬような戦いを強要されて、なぜ黙って従っているんだ?」


 そう問いかけると、3人は悲しそうに顔を伏せた。


「上官の命令には逆らえないトカ」

「リザードマンに文句を言う権利はないのだカゲ」

「逆らったら、もっとひどい目にあわされるゲト」


「くだらないことを言ってんじゃねえっ!」


 グラディスが3人を怒鳴りつけた。「兵士を無駄に死なせるような奴は指揮官失格だ! そんな奴の命令に従う必要はない!」


「あなたたちにも誇りはあるでしょう」


 シャノンも続けた。「このまま黙って死んでいくつもり? ひどい命令を出した司令官に復讐しようとは考えないの?」


「復讐って、何をするんだゲト?」


「簡単なことだ」


 マケランはメガネの位置を直してから、真剣な顔で答えた。


「司令官の天幕を襲撃し、アドリアンを討ち取ってしまえ」

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