002
不吉だな、と感じつつ、俺は花瓶の破片を拾い集める。
破片を捨てるのは明日でいいか、とひとまず玄関の靴箱の上にまとめて置いた。
突然、部屋の扉がノックされた。
俺は
こんな時間に誰だろうか。
もしかして、通話できなかったリンが直接会いに来たのだろうか。
いやでも、そういう時はなおさら連絡がある気がする。
リンはホウレンソウを欠かさない女性なのだ。
固まっていると、再び扉を叩かれた。
「ユウ。兵士のユウはいるか」
今度は声も聞こえてきた。男の声だ。
のぞき穴から覗くと、そこには二名の王国騎士が立っていた。
俺は慌てて扉を開けた。
そこには、やはり二名の騎士が立っていた。
想像していたよりも身体が大きい。
俺より一回り……下手をすれば二回りも大きいのではないだろうか。
「あの、何かご用ですか? こんな時間に……」
「情報漏洩の罪で、貴様に逮捕状が出ている。署までご同行願おう」
「情報漏洩……? 逮捕状……?」
騎士の手にある紙には、確かに俺の名前が記入されていた。
始めは偽造を疑ったが、王国内で発行しているものとの判別がつかなかった。
裁判所から、正式に逮捕状が発行されているのだ。
突然の出来事に、俺はたじろいだ。
罪から逃れるように、一歩後ずさる。
正直、罪の自覚がないわけではない。
リンと交際しているのだって、不敬罪だと訴えられてもおかしくはないのだ。
もしそのことだとしたら、俺は言い逃れができない。
騎士は逮捕状を巻きながら話し始めた。
「現在、王族があらぬ誤解を受けているのは知っているな」
「誤解……? 何の話ですか?」
「知らないとは言わせないぞ。王国内は、今この話題で持ち切りだからな。王族が奴隷を大量に殺しているという話だ」
その騎士の言葉を聞き、俺はホッと胸を撫で下ろした。
どうやらリンとの交際の件でやって来たわけではないらしい。
幾分か心に余裕を持てた俺は、和やかな気分で答えた。
「はあ、まあ、知ってますけど……」
俺は机に置かれた新聞紙をチラリ、と見やった。
玄関からでも、その大きな見出しは見ることができた。
___王族、まさかの奴隷大量虐殺。
シンプルな見出しだが、それがむしろ良かったのか、国民の興味を惹きつけた。
殺された奴隷の証拠写真も載っていたため、それを真に受けた暇な国民が騒ぎ立てたのが、今回の騒動の始まりだった。
俺は当然、信じてなどいない。
写真もチラッとだけ見たが、あんなものは偽造しようと思えばいくらでもできるからだ。
というか、この新聞記事を書いた新聞社もよくやる。
あんなことを記事にしておいて、処罰がないわけがないというのに。
「それで、そのことと俺はどういう関係が?」
「しらばっくれるな。今回の騒動の原因の一端が、お前にあるという報告が上がっている」
「……は?」
聞き間違いかだろうか。
騒動の原因が、俺?
俺の顔から余裕の笑みが消えた。
代わりに、焦りの症状が浮かび上がる。
「貴様が情報漏洩など行ったせいで、王族の信用がガタ落ちだ。エドワード王が退位し、新たな王が立てられるのも時間の問題だろう。そうなれば、エドワード王、加えて娘のリン様は国外追放され、東大陸、もしくは西大陸で奴隷として生きていくことになるのだ」
「いや、だから、何の話を……」
「とぼけるな。貴様は、王族が奴隷を虐殺しているという情報を記者に売ったのだろう。機密情報を流した容疑がかけられている。署までご同行願おう。言い訳はそこで聞いてやる」
「……は」
は……?
俺が、記者に情報を流した?
この騎士は何を馬鹿なことを言っているのだろう。
そもそも一般の兵士である俺が、そんな情報を持っているわけがない。
そんなこと、この騎士だって分かっているはずなのに。
「いや、あの、だから……」
「署までご同行願おう。話はそれからだ」
どうやら、ここでは話も聞いてはもらえないらしい。
ここで抵抗すれば罪が重くなる危険性がある。
場所を変えるだけで話を聞いてもらえるのなら、その方がいいだろう。
そこで言えばいいのだ。
俺は情報漏洩などやっていない、と。
そもそも、その噂話すら俺は信じてなどいなかったのだから。
家を出る前、割れてしまった花瓶の破片が目に入った。
俺は
破片で口が切れて、血の味がした。
それでも、我慢しなければならない。
こんなものでも、非常事態の時には武器になるかもしれないからだ。
俺の額は、びっしょりと脂汗をかいていた。
どうしようもなく、嫌な予感がした。
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