魔法が使いたくて魔力を鍛えた、肉が食いたくて狩りをした、そしたら最強になっていたので……
大野半兵衛
1章
第1話 しがない鍛冶師の子
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第1話 しがない鍛冶師の子
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長年戦い続けてきた。
多くの命を奪ってきた人生だった。
だが、後悔はない。
後悔することは、奪った命に対する冒涜だ。
俺はしがない鍛冶師の三男として生まれた。
父の名はドーガで小さな村の鍛冶師だ。
母の名はノーシュで農家の娘だったが、十五歳で嫁いできて四男三女を生んだ。
あれは五歳の時だった、俺は流行り病で明日をも知れぬ状態に陥った。両親も諦めたほど状態は悪かった。
だが、俺は死ななかった。そして、高熱でうなされていた俺は、前世の記憶を思い出したのだ。
前世の俺は日本という国の、科学が発達した時代に生まれた。
高卒後は三十歳までサラリーマンをしていたが、その帰宅途中に女の子へ迫るトラックがあった。
運転手は居眠りをしており、そのままでは女の子はトラックに轢かれてしまう。
俺は無意識に飛び出していた。
女の子を守ったところで、俺の記憶はなくなっている。
おそらく俺はトラックに撥ねられて死んでしまったのだろう。
記憶が戻った時は、こんな不便な世界に生まれたことに、しばらく嘆いていたものだ。
ただ、何かを忘れているような、そんな妙な違和感を感じていた。それが何なのかは、思い出せない。思い出せないから気持ちが悪い感覚だ。
だが、こういうのは、きっと大事ななにかだと思う。もどかしい……。
この世界は日本でいう室町や戦国時代くらいの文化レベルなのだ。
水洗トイレなどないし、水も井戸や川から汲んでこなければいけない。もちろん、風呂なんて贅沢なものが庶民(平民)の家にあるわけない。
ただ、この世界には魔法がある。前世の俺が小説やマンガで読んだような派手な魔法は滅多にないらしいが、地味でも魔法は魔法だ。
父ドーガの使える魔法は、熱を操るものだ。特に鉄を熱するのに重宝しているが、冬は水や雪をお湯に変えてくれるから助かっている。
母ノーシュの魔法は水を出す魔法だ。先ほども触れたが、井戸や川の水を汲んで使っているためで、腹を下す人が結構多い。
だが、魔法で出した水ならそういうことはなく安全だ。
ただし、父も母もそれほど多くの魔法を使えるわけではない。
父は普通の方法で炉の温度が上がり切ったところで、さらに温度を高くするために魔法を使っている。一日に何度も使えないため、ここ一番という時に使うらしい。
母も十八リットルほどの甕を満タンにすると、しばらく魔法が使えなくなる。
「それでも魔法が使えると思うとワクワクする」
魔力量は生まれながらにして決まる。
平民の魔力は少ない傾向にあり、逆に貴族や騎士などは魔力が多い傾向だ。
魔力の多さは両親から受け継ぐ。そう言われている。
「魔力量は生まれながらにして決まっているか……」
俺が生まれた際、神官が俺の魔法適性と魔力量を測定したらしい。
その時の俺は赤子で前世の記憶も覚醒してなかったので覚えてないのだが、魔力量は普通の平民並みだったらしい。
また、魔法適性もオーソドックスな身体強化魔法だった。
身体強化魔法は、一時的に肉体を強化するものだ。
簡単に言うと、普通に百メートルを走った際のタイムが十三秒だった人が、身体強化を使うと十秒で走れるようになる。そういう魔法が身体強化魔法である。
魔法がある以上、使わずにはいられない。魔力が少ないなら増やせばいい。俄然やる気が出た。
俺はハードルが高ければ高いほど燃える男なのだ!
そんなわけで魔力が本当に増えないのか、試してみることにした。
「やっぱ、魔力を使い切ることかな」
魔力を使い切ること、もしくは魔力を一気に使うこと。とりあえず、この二つを試してみよう。
やってダメで、足掻いてもダメだからこそ、そこで初めて諦めがつくというものだ。
「思い立ったが吉日ってね」
魔力を使い切ると気分が悪くなる。
ちょっと不調が現れたら、皆そこで魔法を使わなくなる。
俺は魔力を放出させた。魔法など習ったことないが、自分の魔法は魂に刻まれたものらしく、使い方も魔力の扱い方も理解している。
そして数を数え始める。
「一、二、三……十、十一……十五」
ここで気分が悪くなる。
俺は気分が悪くなっても、そこから魔力を絞り出すように魔力を放出し続けた。
そしたら倒れた。
「おい、ノイス。そんなところで寝ていると風邪引くぞ」
「ううぅん……ケルン兄さん?」
「寝ぼけてないで、薪を拾ってこい」
この青い髪の少年は五歳上の次兄のケルンだ。
「ほーい」
服についた土埃を叩いて落とし、俺は森に入った。
五歳になってから俺は薪拾いの仕事をしている。子供でも働くのがこの世界の平民である。
父の鍛冶工房では炭を使っているが、家で煮炊きに使うのは薪だ。その薪を拾うのが俺の仕事である。
この森はかなり整備されている。伐採してもちゃんと植林が行われているのだ。
父は鍛冶工房で使う炭を自分で作る。その炭を作るために木々を伐採するが、その後にちゃんと植樹しているのだ。そうしないと資源が枯渇するし、良い炭を作るためには良い木が必要だと父は言っている。
森で薪を拾い、家に帰る。
「ただいまー」
「はい、おかえり。薪はそこに置いておいて」
「ほーい」
母ノーシュは亜麻色の髪をした女性だ。
七人も子供を産んでいることで分かるように、パワフルな女性である。
この世界の人の髪や瞳の色はとてもカラフルで、金、銀、茶、青、緑、赤、紫、桃などなど虹より色が多い。
そして俺の髪は黒色で、目も黒色である。黒髪は俺以外にいない。黒目も同じだ。
滅多にいない髪と目の色をした俺だが、それで虐められることは今のところない。
皆がカラフルなので、黒色がいてもそこまで気にしないようだ。
夕食を家族全員で摂る。
「ほら、ノイス。ボーッとしてないで、早く食べなさい」
母と同じ亜麻色の髪の長女のシュラーマ(十五歳)は、もうすぐ嫁にいく。
俺より十歳上の彼女は、長女として弟妹の面倒をよく見てくれる。
働き者で、気立てがよいシュラーマが幸せな結婚生活を送れることを願うばかりだ。
夕食を終えると、体を拭く。
長女シュラーマが年少組の三女ウチカ(七歳)、四男マルダ(三歳)、そして俺の体を拭いてくれる。
うちの家族は祖父ベナス、祖母イミリス、両親、長男モルダン(十四歳)、次男ケルン、四男マルダ、長女シュラーマ、次女ニュマリン(十二歳)、三女ウチカ、そして俺と十一人家族である。大所帯だ。
祖父も鍛冶師で、まだ現役で働いている。
長男モルダンも鍛冶師になるために修業中なのだが、どうも怠け癖があるようだ。
次男のケルンも十歳になり鍛冶師の仕事を覚え始めているが、こちらは真面目に取り組んでいる。
俺もそのうち鍛冶師になるのだと、この時は思っていたものだ。
体を清めると、あとは寝るだけだ。
テレビなんてないし、照明はランプや蝋燭の灯りである。それも勿体ないからさっさと寝ろと言われる始末だ。
俺は次男ケルンと倉庫で寝ている。
貴族でも平民でも家を継ぐ長男以外の男は雑な扱いを受ける。
四男のマルダはまだ三歳なので母ノーシュと寝ているが、そのうち俺たちと共に倉庫で寝ることになるだろう。
倉庫の中二階に藁にシーツを被せ、その上で毛布に包まる。
初春の今はまだいいが、冬はかなり寒い。
俺は毛布にくるまり、魔力を放出させ、数を数える。
一、二、三……十、十一……十五。
昼と同じように十五で気分が悪くなりだす。
さらに魔力を絞り出す。そして意識を失った。
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