第25話 最強魔法剣士、不穏な噂を耳にする(2)

「初めて会いましたけど……本当に情報屋なんでしょうか」


 リーシャが小さく首をかしげる。俺だって詳しくは知らないが、行動力と察知力はありそうだ。警戒半分、利用半分ってところか。


「まあ……情報を仕入れるには便利かもな。信用しすぎるのもよくないが」

「ですよね……。でも、もし本当なら……また、すごいのが出るってこと……?」


 リーシャは深いため息をつき、どこか暗い表情を浮かべる。深淵熊に続く大物というだけで胃が痛いのだろう。俺はそんな彼女の肩を軽く叩いてやる。


「おい、そんな顔するな。お前も深淵熊を仕留めた一員だろう? 強くなったじゃないか。ここで怖気づくのはもったいないぞ」

「で、でも……あれ以上の敵が出るとか、想像もつかなくて……」


 ま、リーシャの気持ちもわかる。深淵熊は俺の中でもそこそこタフな相手だったからな。もしそれを上回るとなると、普通の冒険者は震え上がるに決まっている。けれど、俺はそれをむしろ楽しんでいるんだから、相当な変わり者かもしれない。


「ま、来るなら来いって話だ。ついでにお前の成長を見るいい機会だろ。深淵熊だって二人で倒せたんだ。そう難しくはないさ」

「……リュオさん、ほんとに余裕ですね」


 呆れ声を漏らしながらも、リーシャの目には一抹の安堵が浮かぶ。俺が落ち着いていると、彼女も「何とかなるかも」と思えるらしい。そういう意味じゃ、俺は仲間として良い存在なのかもしれないと、少しだけ思う。



  ※※※



 ギルドを出て、街の通りを歩く。深淵熊騒ぎが収まったとはいえ、まだ兵士たちが警戒を解いてはいない。見張りを続け、城壁の補修も続行中。とはいえ皆、どこか表情がやわらかい。まるで長い嵐が過ぎた直後って感じだ。


「はぁ……落ち着いたと思ったら、また次の怪物の噂……。街のみんな、もう勘弁してって思ってそうですよね……」


 リーシャが肩を落とし気味に言う。俺は空を見上げて小さく息をつく。そもそも灰滅の刻の影響で、この世界じゃモンスター被害は日常茶飯事だ。どれだけ倒してもまた出てくる。嫌な生業かもしれんが、だから冒険者が必要とされるわけだ。


「どうせ危険なモンスターは尽きない。強くなるしかないだろ。お前も深淵熊戦で腕が上がった実感はあるんじゃないか?」

「そ、それは……そうかもしれないけど、まだ足りない気がして……」

「焦るもんじゃない、コツコツと積み重ねていけばきっと強くなれるさ」

「……そう、ですね。私もっともっと頑張ります!」


 彼女の頬にわずかな赤みが差すのを見て、俺は微笑む。内心、お前はもう充分強くなってるだろと言いたいが、口には出さない。これからも成長するだろうし、早めに満足してもらうのもつまらない。限界を決めずに伸びてくれたほうが、俺も刺激がある。



 ※※※



 訓練が終わった頃には、日が西に傾きはじめる。

 俺たちは宿への帰路をたどる。頭上には薄紫の雲が漂い、夕焼けをかすかに侵食している。


「相変わらず濃いですね……瘴気が」


 リーシャが空を見上げ、ぼそりと呟く。俺も軽く瞼を閉じ、かすかな湿度を感じ取る。たしかに空気がざわついているようだ。


「もし本当にヤバい奴が出るなら、俺は逃げない。お前はどうする?」

「……戦います! もう逃げませんから!」

「言ったなー? それなら、期待しちゃおっかな」


 そう言い合いながら、宿の扉を開ける。いつもの女将が「いらっしゃい」と温かく迎えてくれて、ロビーには軽い食事の香りが漂っている。平和といえば平和だが、その裏で不穏な噂が渦巻いているのを思うと、妙に落ち着かない。


 リーシャが足を止め、真剣な表情で俺を見上げる。


「リュオさん、私……もう追放者なんて言われたくないから、どんな敵でも立ち向かいますね」

「ふっ、頼もしいじゃん。俺も、お前がいれば多少手間が省けるかもしれん」 「も、もう……! そういう言い方、ちょっと失礼ですよ!」

「はは、悪い悪い」


 そんな軽口を交わしていると、自然と肩の力も抜けていく。

 もし近いうちに正体不明の魔物が本当に現れたら、その時は守りたいものを守るために戦うだけだ。


 そして――宿の窓から見える空は、やはり紫がかっている。リーシャが微かに身をすくめ、「もう大騒ぎはこりごりですけど……来るなら仕方ないですよね」と、どこか決意めいた笑みを浮かべる。


 俺はそんな彼女に「おう、怖がってても始まらん」と笑みを返したのだった。

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