第21話


「なにか言うことは?」


隣に勢いよく座った私を智くんはチラリと見て、静かに告げる。

怒ってるというよりも、呆れているかんじの表情をしている。



「智くん、昨日は大変ご迷惑をおかけしました。私ってばいったいどんなご迷惑を……?」


なんとなく想像はつくものの、自分の失態を智くんの口から聞くのが怖くて恐る恐る言葉にする。



「昨日は酒を飲んでつぶれた天音を、友だちの恵茉ちゃんが介抱してくれてたな。そこに俺が迎えに行って、ここまで運んできたけど」


「わわっ!ごめんなさい~っ!昨日は大変ご迷惑をおかけしました、ここに連れて来てくれてありがとうございます〜っ。今日はその分しっかりとお返ししますっ!」



やはり何も意外なことはなく、私はゼミの飲み会でお酒を飲んで潰れて、恵茉ちゃんと智くんに盛大な迷惑をかけていた。


土下座しようとした私を一瞥してから、智くんは持っていた本を一度横に置く。


「はいはい、土下座しなくていいからとりあえずコーヒーでも淹れてもらおうかな。それと恵茉ちゃんにもちゃんと謝るように」



智くんの美しい顔が少し近づいてきて、私は魅了されるかのように動きを止める。

すると私の顔にかかる髪を一束掬うと、耳にかけてくれた。


その時に微かに触れた智くんの指先の感触だけで、私の体温は爆発的に急上昇してしまう。


「か、かかかかかしこまりました!待っててくださいねっ、すぐにご用意を……っ」



まずはスマホを手にとり恵茉ちゃんに昨日のことの謝罪と感謝を伝えるメッセージを送る。

そして慌てて立ち上がろうとするけど、それを阻む小さな抵抗。



「あ、あの、あの……っ」


「ん?」


智くんは返事はするものの、その視線はもう私ではなくさっき横に置いた本に向かっていて。



「えっと、私、あの、さっそくコーヒーを淹れようかと思うのです……」


「うん」


智くんの前髪が下りていて目に軽くかかっているので、視線が動いてもあまりわからない。だけど、綺麗な鼻筋がよく見える横顔は少しもこちらを向く気配はない。



「まずは、お湯を沸かしたいですし……」


「そう」


すらりと伸びた長い左手は、足に乗せた本のページを優雅にめくっている。



「な、なので」



そして、彼の右腕は……。


「わ、私の髪が智くんの手に、絡んでいるといいますか……っ」



いまだに私の髪から離れることなく、くるくると智くんの指先は器用に私の髪を踊らせている。



熱い。

髪の毛から熱が全身に回ったように、もう顔だけじゃない。


すべてが熱い。



「うん。あのさ天音ね」



それまで本に興味も意識も注いでいた智くんが、ゆっくりと顔をこちらに向ける。その深い茶色の瞳が前髪の間からを私を映している。


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