11 何か隠していませんか?

「ウトバさん、何か隠していませんか?」


 突然天幕を尋ねて来た挙句、開口一番、柔和な表情で詰問を始めたアマルに不快感を示す様子はなく、ウトバは静かな瞳でアマルの視線を受け止めた。


「何かって?」

「本当にわかりませんか? じゃあはっきりと言いますね。ハルシブさんに憑いているひとに、心当たりがあるはずですよね。多分、あなたの姪御さん……ハルシブさんの娘さんを産んだ妖霊では?」


 ハルシブは表情を動かさず冷静な声音で言う。


「ハルシブの娘? 弟に妻はいないぜ。迎える前に妖霊騒ぎがあったんだから」


 アマルは無言で、手に下げていた皮袋を持ち上げた。有無を言わさずウトバにそれを押し付ける。


 怪訝そうに眉根を寄せたウトバだが、素直に袋の紐を解いて中に手を差し入れた。鷲掴みにされ、中から現れたのは薄汚れた毛の塊。ウトバは微かに顔をしかめて、皮袋を閉じる。


「どこで見つけた」

「井戸です。その人形、ハルシブさんの娘さんのものでは? これは推測ですが、娘さんが亡くなった後、捨てるに捨てられなかったんでしょう。人形の持ち主は半妖です。大切にしていた物を粗末に扱えば、何か恐ろしいことが起こるかもしれない。怖くなって、妖霊除けのために鉄を突き刺して隠したんですよね」

「俺たちは、死んだ妖霊など恐れない」

「あなたがそうであったとしても、集落の全員がそうとは限りませんし、そもそも妖霊の専門家なら万全を期すと思います」


 ウトバの頬が強張る。アマルは自然な動きで皮袋を取り戻し、件の人形を引っ張り出す。


 人形の顔には、二つの細い毛糸が微笑みの形に弧を描き縫い付けられている。その直下、人の胸にあたるところに深々と突き刺さる錆びた鉄剣を撫で、アマルは淡々と続けた。


「この短剣、柄がありません。代わりに、持ち手に円形の穴が空いていますね。退魔師は商売道具として、鉄剣をたくさん持ち歩くんです。多分、これを使っている退魔師は、穴に紐でも通して持ち歩いているんでしょう」

「ちょっと待てアマル。俺たちが来る前に、退魔師がいたのか?」


 思わず口を挟んだマシュアル。


 昨日訊ねた時、ウトバは、ハルシブのことを頼んだのはアマルだけだと言っていたではないか。


「きっと、ハルシブさんが憑かれるよりも前に別の退魔師がいたんですよ。ウトバさんは嘘はついていません。ハルシブさんのことを頼んだのは、本当に私たちが最初なんです」


 アマルはマシュアルに視線を向けて言ってから、再びウトバを見上げた。


「先ほどウトバさんは、死んだ妖霊など恐れないと言いました。それは虚勢でも何でもありません。勇敢な砂漠民であるウトバさんは、少しも怖がらなかったはずです。でも、ハルシブさんの娘を祓う仕事を引き受けた退魔師は違います。亡くなった半妖の妄執が宿った人形が他の妖霊を呼び寄せるのではないかと思って、魔封じの鉄剣を突き刺して、妖霊の住処である井戸に落としたんです」

「ということはつまり、恨んで呪うほどの思いを遺して、ハルシブの娘は死んだということか?」


 マシュアルの言葉に、アマルの瞳が一瞬煌めいた。


「わあ、さすがマシュアルさん! 状況を鑑みれば、私もそうだと思います。ハルシブさんには妖霊との間に娘さんがいた。彼女は集落にやって来てほどなくしてから亡くなった。だけど何がよくないことが起き始めて、ウトバさんは退魔師を雇った。それで全部解決したかと思いきや、今度はハルシブさんが憑かれてしまって、私を呼んだ。それが今回の経緯ではないですか?」


 ウトバとアマルは、半ば睨み合うように視線を交わす。やがて、観念した様子でウトバが肩を竦めた。


「ああ、ほとんどアマル殿の推測通りだ」


 ウトバは膝元に置いていた革水筒を無造作に掴み、開栓して口元に寄せる。例の井戸から汲み上げられた水を嚥下して、唇を濡らしてから言った。


「本当はその人形を井戸に捨てて、集落を遠くに移動しようとしたんだ。しかしハルシブがあんな状況になり、叶わぬこととなった」

「どうして隠したんですか。私に仲裁を頼んでおきながら」

「できることなら、真実を隠したまま妖霊が祓われることを望んでいたからだ。部族の恥をさらすのは本望でない。弟に憑いているのが何者なのか確証がなかったことだしな」

「でも、こうして教えてくれたということは、ハルシブさんに憑いていたひとについて、ウトバさんも私と同じ推測をしたということですね?」

「いいや」

「へっ?」


 凛々しく啖呵を切っていたアマルの口から、間抜けな声が漏れたのが決まり悪い。ウトバは言葉を続ける。


「報告によれば、妖霊は『許さない、あたしの大切な……』と言ったんだよな?」

「あ、はい。ハルシブさんに憑いていたひとが私の体を使って叫びました」

「そうか、おかげで確信が得られたようだ。あれの母親は、自分のことを『あたし』とは呼ばなかった」


 ウトバは、強張った口の片端を持ち上げた。


「アマル殿、申し訳ないがもう一度彼女を呼び出してくれねえか」

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