反復スキルで這い上がる:地味系冒険者、気づけば最前線
@seijin_777
第1話 スキル適応判定
この世界にダンジョンが現れたのは、およそ百年前のことだった。
それはある日、唐突に──世界各地の地下深くに、規則性も脈絡もなく“穴”が開いたことから始まった。誰もが最初は地盤沈下や地下構造物の崩落と考えたが、調査隊が中へ入ったとき、常識は音を立てて崩れ去った。
中は無限の回廊、獰猛な生物、そして未発見の鉱石や魔力を帯びた物質に満ちていた。しかも、その構造は時間とともに変化する。
最初の生還者が語ったのはこうだった。
──あれは洞窟じゃない。“迷宮”だ。
それから世界は変わった。国は“迷宮探査”を国家事業として認定し、「ダンジョン」と名付けたこれらの異空間の調査と制圧に乗り出した。
それに伴い、新たな制度も整備された。スキル適応者、通称“スキルホルダー”と呼ばれる者たちの存在が公式に認められたのだ。
特定の訓練や資質によって発現する“個人スキル”。それは戦闘技術、探索能力、支援能力など多岐にわたり、スキルの適性を持つ者は“冒険者”としてギルドに登録することができる。
国家機関の下部組織である《日本ダンジョン探査連盟(“JDA”又は“ギルド”)》は、スキル判定・ランク認定・活動支援などを一手に担い、冒険者たちはその指導と管理の下、ダンジョン探索に挑む。
***
東京都内、JDA本部のスキル適応センター。
そのロビーは、適応判定を受けようとする若者たちで賑わっていた。椅子に腰かけて順番を待つ者、スマホで不安を紛らわせる者、家族に付き添われてきた者。様々な姿があった。
その中の一人、前髪が目にかからない程度の短すぎない黒髪に整った顔立ち、しなやかな筋肉の乗った長身の体躯を備え、クールな雰囲気の男性、神谷湊は、そのどれにも該当しなかった。
彼は一人で来て、一人で申請書を記入し、静かに受付カウンターの前に立っていた。
「神谷湊さんですね。初回適応判定、……」
職員が淡々と確認事項を読み上げる。
「それでは、こちらへどうぞ。スキル適応室は奥のドアを入って左です」
湊は一礼して、無言のまま案内された通路を進んだ。
スキル適応の儀式と呼ばれるプロセスは、医療的な測定と精神分析、そして簡易な記憶刺激によって、潜在的な資質を呼び起こすものだ。
──といっても、湊はその詳細に大して興味があったわけではない。
大学を休学して半年。将来のことも、目標も、情熱もなく、なんとなく「やれるならやってみるか」と申し込んだのがこの判定だった。
だが、湊には、幼い頃から、彼は同じ行動を何度も繰り返す癖があった。
剣道の素振りを1000回。漢字の書き取りを延々と。階段の上り下りさえも、決まったリズムを崩すのが嫌だった。
それは強迫性障害のような病理ではなかった。ただ、行動を反復する中で、自分の中で何かが“整っていく感覚”を得ていたのだ。
そして、適応判定を終えたとき──
「……おめでとうございます。ユニークスキル、《反復(リピート)》を取得されました」
職員がそう告げた。
湊の脳裏に、文字が浮かぶ。
《反復》Lv1──「同一の動作を繰り返すことで、1%ずつ効果上昇(最大25%)」
(えらく地味なスキルだな)
職員が内心で呟く。
「……では、コモンスキルの選定に入ります。こちらの経歴だと……剣道歴が長いですね」
画面を操作する職員。
「《剣術》Lv4を取得されました。以上で初期判定は完了です」
湊は首をかしげた。
──剣術が、Lv 4?
スキルレベルは、Lv 1で初級、Lv 2〜Lv 3で中級、Lv 4以上は中級上位〜上級と考えられている。
つまり、今の時点で湊の《剣術》は、中級上位の冒険者と同等、あるいはそれ以上ということだ。
「……まあ、ずっとやってきたしな」
湊は静かに受付を後にし、申請書類をまとめて提出へ向かった。
《リピート》の効果は地味に見える。だが、自分が長年積み重ねてきた反復行動と呼応するようなスキルだ。
そして今、確かにここに、自分だけの“始まり”があると感じていた。
──このスキルの意味を、これから探せばいい。
そう考えながら、湊は次の行き先──《JDA冒険者本講習》の会場へと向かっていった。
ロビーを出てから講習会場までは、徒歩で五分ほどの距離にある。整備された連絡通路の窓越しに、街の景観が流れていく。
「冒険者か……」
湊は、頭の中で繰り返した。自分がそこに本当に足を踏み入れることになるとは、半年前までは思ってもみなかった。
成績はそこそこ良く、有名大学にも現役で入学した。だが、何に対しても思っていたほどの熱意は湧かなかった。目の前の授業にも、学生生活にも。
きっかけは、大学の知人がスキル適応判定を受けたという話だった。彼は派手なスキル《火球術》を得て、今ではCランク冒険者として活躍しているらしい。
『向き不向きなんて、やってみなきゃわかんないよ』
そんな言葉に背中を押され、軽い気持ちで受けたスキル適応判定。
──それが、これだ。
《反復》。文字通り“繰り返す”ことで効果が得られるスキル。
だが、もしこれが“使い方次第”のスキルだとしたら?そして、自分がそれを扱える資質を持っていたとしたら?
ふと、剣道部の顧問が言っていた言葉を思い出した。
『型を極める者は、全てを制す。千回同じ動きを繰り返して、ようやく一撃に至る』
意味も分からず素振りを繰り返していた少年の頃。ひたすら同じ動作を刻み続けることに、心地よさすら感じていた。
その感覚と《反復》は、どこかで繋がっている。
通路の先、講習会場の前で立ち止まり、湊はゆっくりと息を吐いた。
「……とりあえず、やってみよう」
簡単には割り切れない不安と、それを押し込めるような期待が、胸の奥でせめぎ合っていた。
――――――――――――
第1話を読んでいただきありがとうございます。
地味なスキルから始まる成長と絆の物語を描いていきます。
毎日2話更新しています。
ブックマークと★がとても励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます