第2話 奴隷市場2
二千年後の日本の歴史教育の感覚だと、黒人の女性が白人の男性を奴隷として買うという状況に違和感があった。世界史の授業では、奴隷と言うと、十七世紀ごろからのアフリカからアメリカ大陸に売られていった黒人奴隷か、オスマン帝国の奴隷制度であって、紀元前の奴隷制度など習わなかったと思う。確か、ガリア人とかゲルマン人は蛮族で野蛮な種族ということは習った覚えがある。つまり、紀元前の世界では、白人種というのは社会的に奴隷階層ということなのか?黒人の方が階層が上なのか?混乱してしまう。
黒人マダムが奴隷の売り手に「あら!この子のブツがちょうどいい具合に硬くなったわ。ちょっと失礼して試してみるわね」とチュニックから腕を抜くと、人目をはばからずに奴隷のチュニックをはいで、男の子の股間に顔をうずめるのが見えた。
そこここで、奴隷のお試しをしている光景が周囲に散見された。男の買い手は女奴隷の陰部に指を差し入れて締りを確かめていたり。女の買い手は男のものを舐めたりさすったり。売り手がオーケーをするなら、人目もはばからず、女奴隷に男根を挿入したり、奴隷の男根を挿れたりしている。性別の違う買い手と売り手だけではなく、男の買い手と男奴隷、女の買い手と女奴隷のケースも見受けられた。古代ローマ世界では同性であろうと性の対象になるのはポピュラーなことなのか?
あと、ムラーの説明では、若い男の奴隷は、主人の後宮(ハーレム)に宦官として働かせるために、男根か睾丸、または双方を切除して生殖能力を失わるそうだ。主人が後宮の女たちを全員面倒見れない時には、主人に代わって宦官が後宮の女の性欲を鎮める。生殖能力がないので、妊娠する心配がない。主人以外の種での女奴隷の子供はご法度、または、主人にその趣味があれば、睾丸を失って女性化した宦官が主人の慰みものになることもあるのだそうだ。宦官は、竿なし玉なしとか、竿あり玉なしの紀元前のニューハーフということらしい。
二千年後の道徳観や性倫理で判断してはいけないが、なんてエッチな世界なんだろう。他に娯楽もないのだからしょうがないのだろうけど。それにしても、不特定多数でこんなことをしていたら、性病も蔓延するんじゃないかしら。コロンブス以前だから、新大陸から梅毒はまだ持ち込まれていないだろうけど、他の性病があるはず。不潔な世界だ。
私と妹は両手(もろて)を絹の縄で縛り上げられて、大理石の鉄の環に宙吊りにされ両足のつま先立ちだけで立っている。他の奴隷は大人しくなすがままになっているが、私たちは暴れるので宙吊りになっているのだろう。そこまで引き上げられたら足技も出せないということなんだろう。高価な絹の縄を使っているのは、売買が成立する前に体に傷をつけないという配慮なのか。決して優しいというわけではない。
エチオピア人らしい黒人の売り手が買い手らしい私よりも背の低い腹の出ている男に私と妹の説明をしている。買い手の男は古代のアラビア服を着ていた。アラブ人だろうか?
私と妹はスケスケの短いローマ人の着るチェニックを着せられていた。胸当てはなく乳房がチェニックからはみ出している。腰に巻く下着もなしだ。買い手が奴隷の体をチェックするために下着をはかせないのだ。買い手は奴隷の体を触るだけではなく、お試しの性行為も可能だ。ただし、私達のような男性経験のない処女は買い手があそこに指を挿れる程度は許されるが、男根の挿入は不可なのだそうだ。
売り手の黒人がデブのアラブ人に話ている言葉はフェニキア語だ。アルファが全言語翻訳能力を与えてくれたのだろう。ローマ世界の共通語のギリシャ語とラテン語はもちろん、フェニキア語も理解できた。フェニキア語の会話にところどころオリエントでは共通語のギリシャ語が混ざる。ギリシャ語は他の語彙の少ない言語を補っているみたいだ。日本語のカタカナ書きの外来語みたいなものなのだろう。
「旦那、こいつらはまだ十日前に黒海の東岸のアディゲ族の村からさらってきたピチピチの出物ですわ。蛮族の白い肌の金髪碧眼がそそるでしょう?しかも、瓜二つの双子ですぜ。それも族長の娘で神殿の巫女だったそうで、正真正銘のオボコです。どうです?旦那?ここは姉妹揃ってお買い上げをお願いしますわ。お代は二人でしたら勉強しやしょう」
デブのアラビア人は興味をそそられたようだ。「触ってもいいかね?」と黒人に尋ねた。黒人が頷くと、生気のないおとなしそうな妹の前に立って乳房を両手で鷲掴みにした。乳首をひねる。黒人は「どうです?弾力があって吸い付くような肌でしょう?こいつらを毎晩慰みものにできるんですぜ?」と説明する。アソコの具合はどうかな?何、処女だが指で触るくらいはいいだろう?とこの豚は妹の陰部を触ろうとした。
私はカッとなって、つま先立ちの足で飛び跳ねて大理石の柱を蹴った。体が浮いて豚野郎に回し蹴りを食らわした。うまい具合に豚の腹に足があたって、豚が床に転がった。「この野郎!何をしやがる!」と豚野郎が立ち上がって、私の顎を掴んで捻り上げられた。顔を近づけられて、臭い息を吹きかけられる。「おい、お前、ちゃんとこいつを動かないように押さえつけておけ!」と売り手の黒人男を怒鳴る。黒人が私を羽交い締めにした。
「まあ、活きが良い女だ。なかなかに勇ましい」腹を擦りながら豚が言う。「おい、こいつらはいくらだ?本当に処女なんだろうな?」
「正真正銘、処女ですぜ、旦那。なんせ神殿の巫女長だった姉妹ですわ」と黒人男が言う。「コーカサス山脈の麓(ふもと)から引っさらってきた極上ですぜ。黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)でっせ。金髪碧眼、ベッピンですわ。性格もキツイから調教のしがいがありまっせ。二人まとめて450アウレウス金貨では、旦那、いかがでしょう?」
450アウレウス金貨の価値っていくらなんだろう?アルテミスの記憶を探ると、アディゲの村なら普通の8人家族が二十年は暮らせる値段なのだそうだ。数千万円くらい?私たちはポルシェかベンツ並の値段なのね?
「450金貨だって?それはお前、ふっかけすぎだろ?儂の算段だとせいぜい300だ!」
「旦那、ご冗談はおよしください。蛮族の族長の娘ですよ?双子の姉妹でっせ?この二人が毎晩旦那にご奉仕するんですよ?それに子供が産まれてご覧なさい、白人の金髪碧眼のガキが産まれたら、そいつらも売れますぜ。ここは投資だと考えても450なら安いでしょう?」
ひどい話だ。私たちがこの豚の子供を産んだとして、それは豚の子供じゃないか!自分の子供を奴隷として売り飛ばす神経がわからないが、それはそういう神経も持ちあわあせていないということか。
豚が「こいつらの年は?」と黒人に聞く。「17歳です」と売り手の黒人が答えた。
「ババアじゃないか?」17歳ってババアなの?
「処女ですよ、処女。この年まで処女でっせ。なんでも族長の娘らしくって、17歳で処女なんてまずいませんや」
「それにしても450アウレウスは高い!300だ!」
「旦那、そりゃあ相場に合わない!」
「値を下げろよ」
「じゃあ、420でどうです?旦那?」
「高い!350だ!」
豚と黒人が値段交渉で言い合っていると、豚の後ろの人混みをかき分けて、長身の30歳代と思われる男性が近寄ってきた。「おい、ちょっと待て!俺はこの子たちが気に入ったぞ。450アウレウス、即金で払うぞ!」とその男が黒人の売り手に言う。
豚が後ろを振り返って「横から口を出すんじゃ・・・」と言いかけて「あ、ムラーの旦那でしたか。旦那、450、言い値で払うんですかい?このデカブツがつけあがりやすぜ?」と黒人男を指さして言う。あ!こいつがアルファの言っていたムラーなんだ!
「良いんだ。俺がこの子たちを気に入ったんだからいいだろう?ここは悪いが譲ってくれ。代わりといっちゃあなんだが、エチオピア人の15歳の上玉をお前に譲るよ」
「ムラーの旦那に言われちゃあ仕方ない。譲りますよ。エチオピア人の娘、たのんまっせ」
「ああ、俺の執事のアブドゥラに言っておく。明日にでも引き取りにきてくれ。値付けはアブドゥラに聞いてくれ。安くしておくよ」豚はブツブツ言いながらも引き下がって、群衆をかき分けて離れていった。
ムラーと一緒に来ていた若い男が近寄ってきた。18歳くらいだろうか?アラブ人のようだった。鼻筋の通ったハンサムだ。「旦那様、代金はツケにいたしますか?即金と言われてましたが持ち合わせがありませんが?」とムラーに言う。
「アブドゥラ、証文屋(両替商)のヤコブの店で450アウレウスの証文を作らせてくれ」と広間の壁際の祭りの屋台みたいな店を指さした。アウレウス金貨は一枚7グラムなので、450アウレウスは三キロほどになる。持ち歩ける重さじゃない。だから、大金が必要な奴隷市場などでは、ユダヤ人の証文屋(両替商)が店を出しているのだそうだ。後で現金と手数料を証文屋に払えば良い。
アブドゥラが証文屋に行って、パピルスに書かれたヤコブの店の450アウレウスの証文を持ってきて売り手の黒人に渡した。ムラ―は重そうな革財布をチェニックの胸元から引き出すと、黒人男に金貨を二枚渡した。「中途で横槍を入れたお詫びだよ」と黒人男にウィンクした。黒人男がお辞儀をして、私たちの腕を縛っていた縄を緩めて、私たちをムラ―に押し付けた。
ムラーは私と妹のヴィーナスを奴隷市場で買い取った後、彼の海の荘園という家に私たちを連れて行った。港町を通ったが、家々は真っ暗だ。灯りがついている建物は奴隷市場と娼館、それに神殿だけだ。成層圏から見下ろした地球の夜の部分は薄っすらと海岸線が見えるだけで灯りは見えなかったが、地上に降り立ったら見事に闇の世界だった。
ムラーのお供のアブドゥラがオイルランプを持っていたので、足元は明るかった。港町を抜けた。暗闇でよく見えないが、港町から急な斜面をつづら折りの道を登っているようだ。港町から丘の斜面を登って30分くらい歩いた。
「了解。それにしても、ムラー、この世界は真っ暗ね」私とヴィーナスを両手に抱えた彼が「灯りをつけるなんて贅沢はこの世界ではできないんだぜ。庶民は日が暮れると寝ちまう。灯りは暖炉の火があるくらいだ」と答えた。なるほど。
「さて、ついたぞ」とムラーが片手をあげて煌々とした明かりのついている丘陵地の斜面に建つ家を指した。かなり大きい6LDKくらいの一階屋の普通の家に見えた。「この家は俺の荘園の敷地の外だ。この家は荘園に入る人間の隔離棟みたいなものだ。まだお前らを荘園の中に入れるわけにはいかない。消毒をしないとな」と言う。
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